日本の不妊治療の歴史はいつから始まったの?

最近、不妊治療という言葉をよく耳にするようになってきました。不妊の話は、珍しくはなくなってきています。しかし、昔の日本は、今と比べたらさほど不妊で苦しむ人はおらず、むしろ多産だったようです。

なぜ今、このように不妊で悩む方が増えてきているのでしょうか?

特に、ここ5年程で、不妊治療をする人の数が倍増したと言われています。そんな不妊治療大国の日本ですが、不妊治療の歴史は、どのくらい前からある治療なのでしょうか?不妊治療の歴史について、振り返ってみましょう。

人工授精の始まり!AID(非配偶者間人工授精)による妊娠成功!

1949年(昭和24年)、日本で初めて、AID(非配偶者間人工授精)による赤ちゃんが誕生しました!パートナーの精液では妊娠できなかった場合、第三者の精液を子宮に注入する事によって、妊娠できる確率が高まると判断され、AIDが取り入れられたのです!

ただ、勿論、第三者と性交する事はできないため、器具を用いて精液を挿入する授精が行われました。これがいわゆる「人工授精」です。

現代では、採取された精液は洗浄し、子宮へ入れていきますが、当時は、採取された精液をそのまま流し込んでいたのです。

体外受精の歴史とは?

今では珍しくない体外受精ですが、この始まりは、1978年(昭和53年)の事でした。世界で初めて体外受精による赤ちゃんが誕生します。その後、日本で体外受精が用いられたのは、1983年10月14日の事でした。産婦人科の鈴木雅洲教授グループが、体外受精による手術をし、出産を成功させます!

不妊に悩む日本人女性にとって、このニュースによって、希望がもたらされたかのように見えましたが、マスコミが、試験管ベイビーというニュアンスを使ったために、偏見を生むようになってしまいます。この呼び方により、体外受精がとても人工的に感じられてしまいますよね……。

2年後には、体外受精で女の子が肺炎で亡くなってしまったと報じられ、体外受精についての批判も強まる事になります。そして1986年、多くの方の後押しにより、鈴木雅洲教授が、体外受精ができる不妊治療専門病院「スズキ記念病院」を宮城県岩沼市に創設します。

その後も、大学や病院などで研究が進められ、日本各地で体外受精できる医療施設が増加し、メジャーになってきました。

顕微授精の歴史の始まり

1988年になると、やっと今では主流になっている顕微授精が導入されました!当時は、卵を囲む透明帯に小さな穴をあけ、そこから精子を入れて受精させていました。

その後、透明帯と卵細胞膜の間に、いくつかの精子を挿入して受精させる「囲卵腔内精子注入法」がもたらされます。